07. ナイト・フライト
2009-09-04


禺画像]
今日はナツミに会えない。ナツミに会えないとボクはまるで存在する価値さえ無いように感じる。薄いカーテンの向こうで太陽までが姿を消し、気がつくとボクは暗闇の中でうずくまっている。
 どうせ、会えないのなら。
 どうせ、同じ暗闇なら。
 ボクは目を閉じる。瞼の裏に様々な紋様がフラッシュのように瞬いて消える。稲妻のような、水玉のような、グラデーションのような、砂嵐のような。ボクは紋様に線を引いて色を乗せて、瞼の裏に景色を描く。
 窓の外の、遥か遠くに見える摩天楼。
 暗くうねる海を横断する光の帯。
 ボクが作った、ボクだけの地上の星座。

 行こう。

 ボクがそう思うだけで身体は宙に浮く。思うままにボクの身体は窓をすり抜け電線の隙間をくぐり高く空へ舞い上がる。夜の風が頬に当たる。屋根を横切り電柱を飛び越え高層マンションの壁際をすり抜ける。下腹に少し力を込めるだけでふわりとボクは高度を上げ、あっという間に屋根が遠くなる。遥か向こうに摩天楼が見える。腕を横に伸ばしボクはスピードを上げる。脇腹でシャツが風にはためく。ふと気がつくと摩天楼はボクの遥か下方で無数の光を瞬かせている。

 静止したボクの真下、視界いっぱいに広がる、数え切れない宝石。
 何処までも連なる光の、その先の先に。

 不意に光がぼやけた。
 地上の星座のその遥か上で背後からボクを取り囲む、無限の暗闇。
 地上の光を全て吸い込んでもまだ飽き足らず、ボクを飲み込もうとする深い深い闇。

 だから、
 居て、欲しいんだ。
 ボクの、
 傍に。
 これ以上、
 ボクが闇に飲み込まれてしまわないように。
 会いたいんだ。
 これ
 以上
 闇に紛れてしまう前に。

 お願い、だから。

 ボクの体はゆっくりと降下を始めた。両手を広げたまま、足を下にして、ゆっくり、ゆっくり。星座が次第に近づく。ビルの窓。高層ビルの最上階で誰かがボクを見つめている。
 表情の無い顔をまっすぐに向けて、テツヤがボクを見ている。
 伸ばそうとしたボクの右腕がビルの灯りを遮りシルエットが浮かび上がる。太く、大きく、ごつごつとした鱗、の、ような。
 息が止まる。
 その瞬間ボクの腕はビルの先端を粉々に砕く。思わず動いた左腕が別のビルを根元からなぎ倒す。いつの間にか地に着いた足が建物をぺしゃんこに踏み潰す。バランスを崩したボクの背中でビルが小枝のようにぽっきりと折れる。突然時間が粘度を増した。ゆっくりと倒れこむボクの前で欠片たちがスローモーションのように放物線を描く。ついさっきまで星座だった光。砕けた光が流れ星のように色を失い、闇に変わる。わずかに光を残す欠片がボクの鼻先を掠める。視界を横切るその欠片の中に、テツヤが見える。まるで永遠のようにボクはまだ倒れ続けている。背中でビルが砕ける。ゆっくりと光が褪せていく中まるで哀れむかのようにテツヤがボクを見つめている。表情の無い、瞳。目を開けたボクは荒い息が静まった後も、灯りをつけることも、自分の体に触れることさえ出来ないまま遠く走る自動車の低音をただ、ぼんやり聞いている。
[テツヤの長い夜]
[タツヤの世界]

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