06. チャイナ・カフェ
2009-08-17


禺画像]
ケイスケと会うのは高校以来だ。取引先の新しい担当者が高校の同級生だなんて、確率で言えば奇跡に近いだろう。会社にほど近いカフェに入り、ランチを頼んでおれは目の前の水を飲み干した。店内に漂う中国茶の香りがはしゃぎすぎたおれを少し落ち着かせる。
 ケイスケは汗を拭いながら肩で息をしていた。でっぷりとした腹が窮屈そうに椅子に収まる。
「大丈夫か?」
「何が?」
「あ……いや」
 特に仲がいいわけじゃ無かった。それでもこんな大きな街で昔の知人に会うことが嬉しい。おれは気を取り直して話しかけた。
「いつからこっちに?」
「ああ、大学がね。それからそのまま」
「帰らないの?」
「いずれね」
「ふうん」
 会ってからずっと、ケイスケはおれのことを尋ねない。
「テツヤとか今も聴いてる?」
「いいや」
「……そう」
 間が持たなくなっておれはトイレに立った。ケイスケもおれに会って驚いたり喜んだりしていたように見えたけれど、そもそもおれが思い出すまであいつは気付きもしなかった。ため息をつくと不意に現実感が薄れる。
 前にもこんな、あれは夢、だったのかそれ、とも。
 ……馬鹿かおれは、こんなところで。頬を叩き首を振っておれはトイレに歩いた。通路横の席で若いカップルがいちゃついている。四人掛けのテーブルの片側にわざわざ横並びになって、何かを見ている。小さな液晶画面でテレビか動画かそんなものを眺めているらしい。顔を寄せて頬を付けて時々耳に口を寄せて笑い合う様子は年寄りなら顔をしかめるかもしれないが、おれが見る限りそれは微笑ましいものでしかない。
「悪いだなんてこれっぽっちも」
 不意に若い男の声が耳に入った。振り向いてよくよく見ると小さな液晶画面に男がふたり映って何やら喋っている。Tシャツにジーンズ、白い歯の男たちが笑い合いながら今日観戦したサッカーの話でもしている、そんな雰囲気だ。不意に携帯が震えた。
『今夜会える?』
 マユミからのメールだ。駄目だ、今日は早く帰るって約束した、守らないとまた。通路に立ってメールを打ち始めたおれの耳に映像の男の声が途切れながら届く。
「……解放してあげたんだ。この……からね」
「ほんの……苦しめば天国へ行ける……」
 知らず知らずのうちにおれはその声に耳をすましていた。
「奴らは感謝してるさ、僕たちに殺されたことを」
 突然背筋がぞっと凍った。画面に映る男たちと聞こえた言葉がうまく一致しない。でも今、はっきりと、じゃあそれを笑顔で見ているこのカップルは。世界が反転したような感覚に囚われた。さっきまで微笑ましかったカップルが不気味なものに姿を変える。カップルだけじゃない、ここに居る、全ての。息が止まりそうになりおれはトイレに駆け込んだ。鏡の中には青ざめてひどい顔をしたおれが居る。
 しっかりしろ。ただの聞き違いだ。
 目を閉じ気分を落ち着かせておれはトイレを出た。と、待っていたかのようにおれの前に誰かが立った。中学生か、高校生か、黒髪をまっすぐ伸ばした少女の肌は透けてしまいそうなくらいに白い。
「何か?」
「あなた、メロンが嫌いでしょう?」
 現実がガラガラと崩れ落ちてゆく。

「どうした? 長かったな」
 トイレから戻ると既にランチが来ていた。ケイスケは先に食べ始めている。話の糸口を探しながらおれは席に付いた。確かケイスケと同じクラスだったのは一年のとき。じゃあ二年は、そして……。
「あれ?」
 おれの素頓狂な声にケイスケが顔を上げた。
「おれ、高校二年のとき、何やってたんだっけ?」
 ケイスケは知らん、と無造作に言い捨てて俯いた。
「……ま、昔のことだからな」
 言い繕うように発せられたケイスケの言葉に疑問を差し挟む余裕はまだ、おれには無かった。
[テツヤの長い夜]
[タクヤの世界]

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