鳩の話
2007-03-21


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私は駅のホームで電車を待っていた。会社で昼いちでのミーティング。ホームのベンチでコンビニのサンドイッチとお茶の慌ただしい昼食。ふと気が付くと足元に一羽の鳩がいた。七色に光る首を忙しく前後に動かしながら、私の足下から遠くも近くもない場所をそ知らぬ顔で歩き回っている。

 鳩を見ると何か食べ物を投げてやりたくなるのは、金持ちが万札をばらまくような趣味の悪い欲望だろうか。私はサンドイッチの切端を投げてみた。何処を見ているのかわからない目が瞬時に放物線を捕える。目にも止まらぬ速さで二本の足が動き、嘴が落ちたパンを確実に掴む。何度繰り返しても鳩の動きは同じだ。何処を見ているのかわからない目で、鳩は確実にパンを、私を監視している。

 鳩は私との微妙な距離を崩さない。媚びるように足下を歩きながら、私の手足が届く範囲に入りかけると、さっと飛び退く。鋭い目から表情は読み取れないが、監視されている気持ち悪さが次第に胸に上がってくる。鳩にとって私は生きていくために必要な存在、しかし下手を打てば潰される脅威でもある。恐れながら、鳩は私に媚を売る。

 どうにも耐えられなくなって私はサンドイッチを頬張った。私に投げるパンが無いと見た鳩はなんと、私の座っているベンチに飛び乗った。もう無いよ、思わず私は口に出した。プラスティックのつるつるした面に足を取られ、滑り落ちるように鳩はホームに降りた。ベンチの上に湯気の立ちそうな置き土産が残されているのを見て、私は別のベンチへ移った。
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